ビッグデータ解析による過去の長期的な土砂動態の把握
山から川,そして川から海へと供給される土砂により,数百年,数千年という長い年月をかけて国土が形作られてきました.しかし,明治時代以降の日本の近代化,戦後復興,そして高度経済成長の中で,土砂災害を防ぐための砂防事業や治水・利水のためのダム建設,港湾建設などの人為的な介入により,土砂の供給が遮断され,河川や海岸の堆積・侵食問題が進行しました.過去の国土開発は,私たちの安心・安全で豊かな生活基盤の構築に大きな貢献があった一方で,新たな問題の要因となり,現在も多くの課題が残されています.全国の国土情報や気象情報等のビッグデータを解析し,広域の土砂動態を把握するための研究に取り組んでいます.
豪雨時の広域土砂侵食量の推定
近年豪雨頻度の増加が指摘されていますが,豪雨頻度が増加すれば表層土砂侵食量も増加し,山から海までの土砂動態に影響を及ぼします.この土砂侵食量を広域かつ短時間で推定するシミュレーション技術を開発することで,災害状況の迅速な把握や将来の土砂動態への気候変動の影響評価に貢献することを目指しています.
将来の砂浜消失の予測
「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」には,気候変動に関する多くの情報が集約されています.この「気候変動の将来予測WebGIS」の「全国情報」において,「1.分野」で「自然災害」を選択すると,「2. 気候・影響指標」で砂浜消失が選択できますが,これは当研究室の予測結果でIPCC第6次報告書でも引用されています.現時点で既に砂浜侵食が進行しているために,数十cmの海面上昇であっても将来の砂浜消失率が8割をこえるところもあります.消失の度合いに応じて,波のエネルギーを弱める減災機能や生態系などの環境機能,レクリエーション等の利用の場としての機能が失われます.海面上昇による砂浜消失は世界的かつ長期的に生じるものであり,同様の評価をタイやエジプト,中国などでも行っています.将来起こりうる影響へのよりよい適応策を検討するための,長期砂浜モデルの開発や砂浜の経済評価に関する研究に取り組んでいます.
ヘドニック法を用いた砂浜の観光価値の評価
タイではビーチリゾート開発が活発に行われており,経済的にも砂浜の維持が重要となっています.日本と同様に,タイにおいても海面上昇の砂浜への深刻な影響が予測されていることから,経済評価を行うことでこれへの適応策の検討を行っています.右図は,ウェブスクレイピングによりタイ全土の沿岸に位置するホテルのルームチャージ情報を入手し,ヘドニック法を用いて砂浜の有無がに与える影響を定量的に明らかにしたものです.日本においても砂浜の価値評価を行うために同様の解析を行いましたが,タイとはリゾート開発状況が全く異なり,沖縄以外での評価は困難でした(茅沼・有働,2023).これ以外にも,データを駆使した様々な方法で,地域によって異なる多様な適応の在り方について検討を行っています.
モバイル空間統計を用いた砂浜利用状況の把握
多くの人々に望まれる砂浜空間とはどのような空間なのでしょうか.毎年夏が近づいてくると,ウミガメやハマヒルガオ,砂浜清掃などに関する多くのニュースが報じられます.砂浜は,豊かな生態系が育まれると同時に人々の憩いの場やマリンスポーツなどのレクリエーションの場としての機能を有していますが,その空間がどのように利用されているのか,その実態は明らかになっていません.これを把握するために,全国の砂浜における携帯電話の人口動態情報を活用した解析を行っています.この人口動態と国土情報や気象情報,社会要素に関する情報との関係を調べ,砂浜がどのような地域でどのように利用されているのかを明らかにすることで,望ましい適応の在り方についての検討を行っています.